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明解!灘の酒大学2000

酒どころと呼ばれる地域は数々あれど、「灘(なだ)」を語らずして日本酒は語れません。この灘酒のすばらしさを多角的に伝えようとの試みが、1998年から開校した「灘の酒大学」。

今年度も大小様々な酒蔵がスクラムを組み、実技(きき酒)を交えた楽しい講義が繰り広げられます。


SAKE王国ではその模様を毎回完全取材、講義のエッセンスを分かりやすくお伝えして参ります。

第1回 「灘の酒の歴史と風土」
    2000年10月4日開催

第2回 「酒米・宮水の成分と灘の酒の特徴」
    2000年10月25日開催

第3回 「酒から生まれたことわざ・小咄」
    2000年11月15日開催

第4回 「杜氏のワザと醸造工程」
    2000年12月20日開催

第5回 「日本酒と健康」
    2001年1月16日開催

第6回 「酒造業界の現状と今後の展開」
    2001年2月21日開催

第7回 「灘の酒の楽しみ方と料理の相性」
    2001年3月14日開催

特別編 「修学旅行レポート」
 

第4回「杜氏のワザと醸造工程」

【当日の様子】

この日会場となったのは、大手蔵の多い灘では珍しく今も造り酒屋の風情が漂う「灘泉」の木造酒蔵。酒造りのまっただ中にあるだけあって、蔵人さんの姿や醸造途中のもろみが入ったタンクが見られる中、杜氏の高橋藤一さんによる情緒たっぷりの講義が繰り広げられました。講義後は、同酒蔵にて蒸米の放冷と仕込み作業の実習へ。暖房設備がなく、みなさんコートを着たままの講義・実習となりましたが、高橋さんの素朴な口調や、酒蔵独特の温かみのある雰囲気が、会場を和やかなムードで包み込むのでした。

日時:2000年12月20日(水)18時30分より
会場:灘泉酒造工場(詳細はこちら)
講師:灘泉杜氏・高橋藤一さん

【杜氏とは】

蔵人とは酒造りに携わる技能集団のことをいい、杜氏はその長をさします。今でこそ例外が多く見られるものの、かつて杜氏や蔵人はほとんどが農閑期に出稼ぎにやってくる農家の男達でした。というのも四季醸造技術のなかった時代、酒造りは冬期に限られていたため、雇う側と雇われる側との需給バランスがうまく一致していたからです。今でも全国にはそうした杜氏集団がいくつかあり、各流派が独自の技を誇りにしながら酒造りを行っています。灘泉の蔵人さんが所属しているのは岩手の南部杜氏組合で、皆さん夏は農業、冬は酒造りに励んでおられます。

【なぜ杜氏になったのか】

高橋さんが生まれ育ったのは岩手県荒巻市。積雪地帯で南部杜氏の故郷でもあるため、酒造りに携わったのは自然のことと思えるのですが、実は高校卒業後ご実家を離れ会社勤めをされていたとか。しかし「父が病気になったのをきっかけに実家に帰ることになりまして。父が蔵人だった影響から、積雪地帯である地元の環境をうまく利用できるこの仕事を選びました」とのこと。今ではキャリア7年目の杜氏として腕をふるう高橋さんですが、全国の蔵での下積み経験も長く、“杜氏になるための試験に何回か落ちて参った”という裏話も聞かせて下さいました。

【杜氏のワザの見せどころ】

高橋さんにとって酒造りで最も気を使うのが、米を洗米し、吸水させ、蒸す工程。「酒造りは原料が第一ですから、最初に失敗するとどんなに頑張っても美味しい酒にはならんのです」。精米後の米を水洗いして表面 のぬかやゴミを取り除く洗米工程、その米を水に浸し一定量の吸水をさせる浸漬工程、吸水させた米をこしきで蒸す蒸米工程…。いずれも米の種類やその日の気候、使用目的によって作業時間などが微妙に異なるので気が抜けず、最終的な見極めは杜氏のカンによるところが大きくなってきます。「カンに頼っているなんて、今の社会じゃぁちょっと考えられないかなぁ…」とはにかむ高橋さんですが、そのカンこそが長年の知識と経験が成せる職人芸なのです。

【実習その1:蒸米の放冷】
蒸しあがったアツアツの米を、蔵人さんたちは涼しい顔で広げます。「わしらぁ、手の皮が厚くできてるから…」と笑う姿は“男のなかのオトコ”!!

蒸されたばかりの80度程の蒸米を、むしろの上に広げてほぐしたりかき混ぜたりしながら手早く40〜45度位 まで冷まします。適温にならないまま蒸米を酒母造りに使ってしまうと、酵母の増殖がうまくいきません。蒸米は普通 のお米を炊いた時と同じ香りがするものの、触るとネトネト感が少なく、不思議と手にはりつきません。機械化が進み「蒸米放冷機」が普及する中、手作業での放冷は貴重な体験。初めての蒸米の感触に驚かれる方から「こんなアツアツのお米を平気で触るなんて、蔵人さんはスゴイ」と感心される方まで様々な感想が飛び交いました。

【実習その2:酒母づくり】

冷ました蒸米を麹、水、乳酸、酵母と共にタンクに入れ、櫂と呼ばれる長い棒でかき混ぜて「酒母」を造ります。酒母は「もと」とも呼び、文字通 りもろみの発酵のもととなる種のこと。櫂でタンクの中身をかき混ぜる作業を「櫂入れ」と呼びますが、櫂はずっしりと重く、タンクの高さも女性の肩程あるため、参加者の皆さんも初めは悪戦苦闘状態!やがて「そーれ、そーれ」のかけ声が起こると、皆さんの動きにリズムが出始め、「重かったけど楽しかった」という声が多く聞かれました。ちなみにこの酒母はこの後、仕込み、発酵の工程を経て2月位 に搾られるとのこと。


木造酒蔵での講義は、みなさん上着を着たまま。


講義用のイスは酒ビンを入れるコンテナのうえに酒袋のざぶとんをのせたもの。アイデア賞もののリサイクル製品です。


講義前に、灘泉・泉勇之介社長のごあいさつ。


講師を勤めてくださった灘泉の杜氏・高橋藤一さん。素朴な東北訛りの口調がたまらない親近感!


「熱いねぇ…。」「でも、炊き立てのご飯みたいでおいしそうですネ…。」


放冷作業を終えた蒸米をタンクの中へ。


櫂入れのコツは、みんなの息を合わせること。「そーれっ、そーれっ。」


「櫂って重たいのねぇ…。」


若いお方には負けません。


こちらは、今年から酒造りに参加していらっしゃる三十代前半の蔵人さん(男前)。下積みを重ね、ゆくゆくは杜氏さんとして働くのが夢だとか。


「1回迷い出すと分かんなくなっちゃうのよねぇ…。」


“大の日本酒好き”という妙齢の美女二人組は、立ち呑み屋状態でお酒をグイグイ…!


酒大学で意気投合したご婦人たち。お二人ともかなりイケる口。

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