|
作業も順調に進み、ようやく楠本さんの目にも本来の穏やかな笑みが戻って来たようです。
「酒が傷んでないかどうかを調べるために行う呑切りですが、逆にそのための酒を抜く日こそ、タンクに火落菌*が入り込みやすい状況にあるのです。ですから私どもは一週間前から蔵内殺菌を繰り返して今日の日を迎えます。そして酒を少し抜いた後のタンクが最も危うい状態にあるので、アルコールと水による呑口周辺の殺菌消毒を徹底している訳です。私の若い頃などは、作業中にバタバタと小走りでもしようものなら、『菌が舞うじゃねえかバカヤロー』などと叱られたものでした」
お酒について書かれた本や雑誌によれば、火入れや貯蔵管理技術が向上した現代では、貯蔵中に火落ちする例はほとんど見られなくなっており、今では初呑切りも多少は恒例行事的側面もあると書かれたりしています。そもそも我々がお気楽に取材を申し込んだのも、そうした記述を鵜呑みにしていたせいもあるのですが、緊張感あふれる作業を目の当たりにして認識はがらりと改まりました。
「呑切りで重大な問題が発見される、というようなことは滅多にあるもんじゃないですが、例えば一つのタンクを火入れすると、周囲に温度変化を引き起こすため側にあるタンクの熟成に微妙な影響を与えることがあります。大抵は長年の経験と勘でコントロールできますが、やはり酒は生き物ですからね。毎年呑口を開ける時はドキドキしますよ」
長龍の酒造りはすべて奈良の「広陵蔵」で行われており、そこでは南部杜氏の熟練の技と、杜氏の経験と勘を元に全工程をプログラミングした先進のコンピュータ醸造設備が並立しています。また醸し出された酒は、完全冷房設備の整った八尾蔵でじっくり低温熟成されています。
こうした伝統の技と近代的な技術の融合が、全国新酒鑑評会での金賞や「モンドセレクション」金賞をもたらすハイレベルな品質につながっている訳ですが、それでもなお初呑切りは、楠本さんたちにとってこれからも独特の緊張をもたらす行事であり続けるのでしょう。
|
|
*火落菌:清酒の変敗現象をもたらす特殊な乳酸菌。火落菌が繁殖すると清酒は白濁し、一般に酸の生成、特異臭(火落臭)の発生を伴い飲用に耐えなくなることがある。このような現象(火落ち)の現れることを“火がくる”ともいう。
ていねいに作業内容について説明して下さった楠本統括管理部長

広陵蔵:
〒635-0818 奈良県北葛城郡広陵町南4
電 話:0745-56-2026
FAX:0745-56-3080
|