![]() 灘の酒大学修学旅行・丹波杜氏の里へ [PAGE 1] [PAGE 2] [PAGE 3] [PAGE 4] |
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2000年10月に開講した第3期「灘の酒大学」も、去る3月14日に行われた講義をもって全7回の講義を終了。卒業式も滞りなく行われました。(→講義の模様はこちら)
で、卒業となればやはり修学旅行がつきもの。それもどうせなら灘の酒大学の集大成としてふさわしい場所へ行こう、ということで、希望者を募って丹波杜氏の里である兵庫県篠山(ささやま)市へと出かけることに。
学生とスタッフ総勢45名。下は21歳から上は83歳まで、“酒が好き!”の接点だけでつながった老若男女による、バス1台を借り切っての丹波篠山への旅。その道中記にしばらくお付き合い下さい。 |
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| ■往路のバスくらいは素面(しらふ)でね | ||||
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3月最後の日曜日。あいにくの小雨模様の中を予定通り朝9時に出発した観光バスは、修学旅行という懐かしい響きに胸躍らせるかつての少年少女(=今はただの酒飲み)を乗せ、一路丹波篠山へ向けて出発しました。 バスに乗り込む際にいやでも視界に入って来るのが、前方座席に積まれた多量の酒瓶たち。やはり皆さん、こいつが気になって心なしか落ち着かない様子です。 「実は各酒蔵様のご好意でこうしてたっぷりお酒をご用意してはいるのですが、いきなり赤い顔で現地の方々のお出迎えを受ける訳には参りませんので、往路は酒抜きということでご容赦下さい」 とスタッフよりわざわざ説明があり、「そりゃまあそうでしょう、そうでしょう」とヒデさんはじめ一同納得(T-T)。その代わり篠山見学の予習として、丹波杜氏の出稼ぎ解禁の直訴をした郷土の英雄、市原清兵衛を描いたビデオ劇を車中で観賞しました。
200年程昔の江戸後期。冬が厳しい丹波の農民にとって酒造出稼ぎは欠かせない収入源でしたが、当時の篠山藩が年貢の取り立てを厳しくしようと規制を強めたため、市原清兵衛は農民達の代表として江戸に出向いて藩主に直訴。必死の訴えが実り出稼ぎは自由化されたものの、引き替えに清兵衛は10年間入牢したと伝えられています。「我意強く吟味難渋」と「藩日記」に記された程の気骨の人は、丹波杜氏の恩人でもあり、結果的に灘酒の恩人でもあったのですね。 さて、バスに揺られること約1時間、一行を乗せたバスは極めてスムーズに北神戸有料道路を駆け抜け、目的地の篠山市へ到着。小雨降る中「丹波杜氏酒造記念館」へと向かったのでした。 |
![]() 時刻は9時前、もうすぐ出発 学長代理の東灘区役所部長・橋本氏よりご挨拶 ![]() 往路は“酒抜き”ということで、ジュースとお茶が配られました ![]() 車中では丹波杜氏の“恩人”市原清兵衛を描いたビデオ劇を上映 |
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